GOOD STORY

命をおびやかす豪雨や猛暑、疫病に、糊口をつなぐ人々の列や理にかなわぬ分け隔てと、人類は大きな宿題を抱え、先々が見通せない時代です。希望や未来という言葉は、時代に埋もれ、見い出しにくくなっています。それでも、目をこらし、耳をすますと、あちらこちらに、人々の可能性をひらく営みがくり広げられています。メディアと企業の広報にたずさわる私たちは「つたわる」ことと「つながること」を考えてきました。そんな私たちが出会った、明日への物語をお届けします。

*随時更新します*

No.03 2023/03/03更新

雪国を逆手に

「こもる」宿づくり

若手プロデューサーがこだわる理由


文:明石 瑠美

横殴りの暴風に積もった雪が舞い上がり、視界がホワイト・アウトする地吹雪の地に、果たして理想の宿は可能なのか。

 

「すごく静か!雪って音を吸収するんだね」

創業の3人を含む宿のプロジェクトメンバー7人は2021年、本州最北端・津軽半島の青森県五所川原市で猛吹雪の洗礼を浴びた後、訪れた静寂に安堵の声を漏らした。

「でも、寒くて死んじゃいそう」と、変わらぬ厳しさに嘆きは続いた。

彼らがいるのは、宿にリノベーションする空き家だ。

水道、電気、ガスを止めているため、井戸水を使って土鍋とカセットコンロを調達して米を炊いた。

夜はライトをともし、修学旅行さながら20畳の和室に布団を敷き詰め、理想を語り合って心を温めた。

 

日本海に注ぐ岩木川の下流にある五所川原市は、りんごの産地として、また、文豪・太宰治の出生地として知られる。

夏は湿度が低く過ごしやすい。

一方、冬は1m近く雪が積もる日本有数の豪雪地帯。

都会では味わえない自然環境の厳しさを逆手に取った地吹雪ツアーも企画される。

雄大な自然の優しさと厳しさが人を包む。

はっきりした四季が人を魅了する地だ。

 

その美しい山容から、「津軽富士」と呼ばれる岩木山。津軽地方のランドマークでもある=写真はいずれも香田遼平さん提供
その美しい山容から、「津軽富士」と呼ばれる岩木山。津軽地方のランドマークでもある=写真はいずれも香田遼平さん提供
香田遼平さん
香田遼平さん

プロジェクトは、敷地面積が1400㎡ほどの元りんご農家の家屋を全4室の宿につくりかえるというものだ。

プロジェクトの代表、香田遼平さん(32)の母親の実家だ。

香田さんは元々、鎌倉市に本社を置くWEBコンテンツ企業「面白法人カヤック」でヒット企画を生み出した若手プロデューサーだ。

 

 

青森県に生まれ、大阪府で育った香田さんは、関西学院大学を卒業後、就職したい会社が見当たらず、ガソリンスタンドでアルバイトの傍ら、趣味である盆栽の魅力を世界に知ってもらおうと、一時、盆栽情報のサイトづくりに没頭した。

英文記事の執筆からサイト構築まで、自ら手がけた。

だが、将来に不安を覚え、知人を伝って上京、就職活動を開始する。

就職活動の作法を知らなかった香田さんは、スマホで自撮りした証明写真を履歴書に貼った。面接には、企画書やデザインのポートフォリオを持ち込むケースが多いが、自作の盆栽を8鉢持参した。

ユニークさを買われたのか、面白法人カヤックに採用され、クリエイターの道を歩むことになる。

 

同社の社員はあだ名で呼ばれるのが慣例だった。

香田さんは盆栽好きだったことから、「ぼんちゃん」と呼ばれた。

入社後は、アシスタントとして雑用を2年、その後ディレクターとして2年半をWEBやイベントなどの様々な企業プロモーション、キャンペーンに携わった。

4年目にプロデューサーに抜擢され、プランナーやデザイナー、エンジニアら10人のチームの長となる。

「ぼんチーム」の発足である。

 

プロデューサーとなると、売り上げやチームマネジメントの責任と注目が集まる。

しかし、ステップアップに気負うこともなく、「夢中」で仕事に取り組んだという。

元々飄々とした性格、チームにヒエラルキーをつくらず、「とにかく平和に」がモットーだった。

 

そんな香田さんに、ターニングポイントが訪れた。

2019年3月に、ローンチした体験型施設「うんこミュージアム」である。

WEB制作業界はサイクルが平均3カ月と早いが、珍しく、仕込みが足掛け8カ月に及んだ。

このプロジェクトは、協業先のプロデューサーと意気投合したことから生まれたが、勝算は当初、まったく見込めなかった。

 

だから、「面白ければ、ヒットする」という硬い信念を形にして、随所に詰め込んだ。

それが反映されてか、4カ月半の会期中、来場者は20万人を超える大ヒットとなった。

国内のみならず、BBCやCNNといった海外メディアを含む取材が殺到。

開催地は、国内4カ所に、上海も加わった。

 

うんこミュージアム後は、母親の郷里、青森に頻繁に赴くようになった。

仕事の拠点、東京は忙殺される日々の連続だが、青森にはノイズがなく、ただ、ただ、考える時間を確保できた。

 

ちょうど同じ頃、好きだったスタジオ・ジブリの過去の作品が連続して映画館で上映された。

スクリーンに映し出される世界に没頭するうちに、ある思いに至った。

宮崎駿監督曰く、『もののけ姫』は構想15年、制作に3年が費やされた。

映画1本に長い時間をかけるのに比べ、自分が手がけるWEB広告は3カ月。

「情熱のかけ方は、このままでいいのだろうか?」と疑問がわいた。

そして、「もっと長く向き合いたい」、「集中して考えていきたい」と思った。

当時、30歳目前。

ジブリ映画のように15年で一つを作り上げるなら、60歳までにあと2つしか完成できない。

苦しくなった。

焦燥感にさいなまれた。

 

 

母親の実家で祖父と
母親の実家で祖父と

幼少期に夏と年末、いまは創造的休暇ですごす青森。

数年前から空き家になっている母親の実家の存在。

30歳を区切りに、何かをじっくりと作り上げたいという思い。

それらが絡み合って、宿の構想が浮かび上がった。

 

しかし、宿泊業界の知見がない。

だから、東京、地方を問わず、様々な宿やホテルに泊って研究した。

会う人ごとに、プロジェクトの話をした。

建築家にも相談した。

ノウハウはない分、多くの情報を丹念に集めた。

2020年に、建築費を含めプロジェクト全体の費用が固まると、大学時代の友人に、「株式会社KOMORU」の共同創業者になって、一緒に宿を作らないか?と声をかけた。

外資系ECプラットフォーム企業などの勤務経験がある人物だ。

香田さんと異なる分野で活躍してきたことが補われ、宿の経営を確実にする。

 

その年末、プロジェクトの目途が立った香田さんは慰留されつつも、宿づくりに専念しようと、面白法人カヤックの退職を決めた。

忘年会を兼ねた送別会が終わった退職日直前、自身もチームメンバーもすっかり別れの気分に浸っていた。

そこに、「ぼんちゃん、辞めなくていいよ!」と、社長からある提案を受けた。

総務省の「地域活性化起業人」制度を使って、カヤックに籍を置きながら、青森の自治体に出向、同時に副業として宿をつくれるという内容だった。

この制度は、民間企業から様々なノウハウを持った人材を地方行政に、公務員として派遣するというもの。

宿をつくる五所川原市ではなかったが、隣接する藤崎町の受け入れを、社長自らが取りつけてくれた。

 

期せずして宿の経営者と、藤崎町地域活性化起業人の二足のわらじをはく生活が始まった。

宿のプロジェクトメンバーは、その後も順調に増え、デザイナー兼空間プロデューサーや、WEBエンジニアら、総勢12人になった。

他にも様々な分野の人々の協力をもらった。

知り合いが、その知り合いに声をかけ、集まってきた。

「一発逆転をかけた博打のよう」で面白い、と加わったメンバーもいる。

 

東京、青森と、活動の拠点が分かれるため、プロジェクトの話し合いは、主にオンライン。

しかし、オンラインを超えた信頼がある。

香田さんは、このプロジェクトチームをとても気に入っている。

何よりも、各人の人柄と熱意に、惚れ込んでいるという。

自分に出来ることを考え抜き、最善を尽くす。

小さな話だが、たとえば、ゴミの分別を誰よりも、きちんと行うメンバーがいる。

宿になる家から大量のゴミが出たとき、その多さに、可燃と不燃のゴミをまとめて処分してしまいたくなるが、

一つひとつ、丁寧に、丁寧に、仕分けて、分別したのだ。

「当たり前のことだけど感動したんです。いつまでも、一緒に働いていこうと思ったのです」

 

香田さんは、また、設計図や宿で使うアメニティ、プロトタイプの展示会を都内で開催。

準備段階から「見せる」仕掛けを打ち出した。

宿設立のためのクラウドファンディングも成功させ、プロデューサーの経験を存分に発揮する。

 

展示した宿「こもる」の模型
展示した宿「こもる」の模型

藤崎町役場では現在、廃校の利活用プロジェクトに取り組んでいる。

「新しく生まれ変わる施設の名前は?」

「人が楽しく訪れることをイメージすると、ここには何がある?」

アイデア出しの課題を職員に課すと、面白い答えがたくさん出てくる。

具体的な形になるのはまだ数年先の見込みだが、人口1万人の藤崎町にどんな変化が生まれるのか楽しみだ。

 

いま、東京では終日オンライン会議に臨み、青森にいる間、日が天にあるうちは農家に足を運び、夕から宿のプロジェクトに取り組む。

宿づくりは、例年以上の積雪で施工が遅れ、当初2022年夏に予定していたオープンは翌23年春頃になる見込みだ。

しかし、開業の準備は、宿オリジナルの雑誌を発刊したり、備品やアメニティを厳選したりと、着々と進められている。

 

こだわりの一つ、客室の布団は石川県の老舗「石田屋」のものにする予定だ。

かぶると、柔らかさと軽やかさに包まれ、保温性も備えている。

外気とは別世界のかまくらのぬくもりをイメージさせる逸品だ。

 

5歳のころ、二つ年上の兄とかまくらで過ごす香田さん(左)
5歳のころ、二つ年上の兄とかまくらで過ごす香田さん(左)

宿の名は、「こもる」。

 

「こもる」ことで、人は考えたり、制作したり、内省したりの時間を過ごす。

そんな時の使い方に、宿泊者がひたれる場所にしたい、と香田さんは考える。

部屋ごとに、それぞれ庭園がしつらえられている。

庭に立つと、津軽の澄んだ空気の流れを感じ、部屋からの眺めは、思考の旅へといざなう。

庭園も「こもる」意味を、充実させる仕掛けだ。

 

「一つのことを、じっくりと考える1週間を、年に2回つくる」。

そんな生き方を提唱できる宿にしたい。

だから、連泊客を中心に受け入れたいと考える。

「一生に一度は行きたい宿」ではなく、顧客の人生と伴走する「一生行き続けたい宿」だ。

 

地吹雪の地に、理想の宿は出来るのか。

答えはゆっくりだが、形を整えつつある。

珠玉の「こもる」を人生にもたらしてもらおうと、若手プロデューサーの挑戦は続く。

 


■「こもる」の公式サイト https://komoru.jp/hotel

■発想や考え方を育てた香田さんお薦めの書籍

谷崎潤一郎 『陰翳礼讃』、唐木順三 『朴の木―人生を考える』、宮崎駿 『出発点 1979〜1996』、ブルネロ・クチネリ 『人間主義的経営』


執筆者

明石 瑠美

PR会社、企業広報を数社経験し、現在は東京都内のIT企業で広報を担当。メディア・広報研究会に立ち上げから参加し、

記事が書け、マーケティングにも強いビジネスパーソンとして活躍する。北欧、特にフィンランドのインテリア、デザイン、

建築に関心があり、愛犬の名前もフィンランド語の「夢」を意味する「うに」とつけた。趣味は愛犬との散歩と美術館巡り、

茶道と甘いものを食べること。